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金属と水溶液の計算問題(基礎知識編)
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〔2019/01/18 改訂〕
前回までの2回では溶解度計算を一例として、化学の比例計算の一端をご紹介いたしました。今回からは「金属と水溶液の反応」に関する計算問題の解法を扱っていきます。そこで今回は、計算問題を扱う際の基礎知識を確認しましょう。では、問題です。
例題1 金属と水溶液の反応について、次の問いに答えなさい。
(1) 金属がうすい水溶液と反応するときに生じる気体の名まえを答えなさい。
(2) 次の①~⑥の文について、発生する気体の体積比(A:B)を最も簡単な整数比でそれぞれ求めなさい。ただし、答えが求められないときは×と答えなさい。なお、水溶液1cm3あたりの重さは1gとし、気体の体積は同じ温度と気圧(圧力)の下で測定するものとします。
① 十分な量の4%の塩酸に、(A) 0.6gと (B) 0.3gの鉄がそれぞれすべてとけたとき。
② 十分な量の (A) 4%の塩酸と (B) 2%の塩酸に、0.4gの鉄がそれぞれすべてとけたとき。
③ 十分な量の4%の塩酸に、(A) 0.3gの鉄と (B) 0.3gのアルミニウムがそれぞれすべてとけたとき。
④ (A) 4%の塩酸20cm3と (B) 2%の塩酸30cm3に、十分な量の鉄がそれぞれとけるだけとけたとき。
⑤ (A) 4%の水酸化ナトリウム水溶液50cm3と (B) 2%の塩酸80cm3に、0.2gのアルミニウムがそれぞれすべてとけたとき。
⑥ (A) 3%の水酸化ナトリウム水溶液50cm3と (B) 2%の塩酸60cm3に、十分な量のアルミニウムがそれぞれとけるだけとけたとき。
☆ 問題は、解説とともにPDFファイルでも別掲しますので、印刷してご覧いただけます。
他の記事でも触れているように、お子様は自分がイメージできないことについて考えることはできません。では、水溶液と金属の反応をどのようにイメージすればいいのでしょうか。今回は私が授業でよく使う面白い説明をご紹介しましょう。例に用いるのはアルミニウムと塩酸の反応です。なお、話を面白くして強く印象に残すために、少し“どぎつい”と感じられるかもしれない表現が出てきますが、あしからずご了承ください。
さて、物質はすべて極めて小さな“粒”からできており、化学の世界ではこの“粒”を原子と呼びます。つまり、化学とは原子(“粒”)の結びつきの変化について考える学問なのです。今回ご紹介する例え話には、塩素さんや水素くんやアルミニウム君という原子を擬人化したキャラクターが登場します。かつて保護者の方が中学や高校で基礎化学を学んだときに原子モデルというものを習ったと思いますが、化学の理解にはモデルの理解が欠かせないのです。以下の例え話は、原子モデルの概念をお子様に強く印象づけるための大切なものというご理解をいただいた上で、ぜひお子様に読ませていただければと思います。
塩酸は塩化水素という気体のとけた水溶液で、塩化水素は塩素と水素が結びついてできた物質です。そこで、塩化水素は塩素さんという気の強い女の子と水素くんというちょっと気弱な男の子のカップルということにしましょう。
さて、塩酸の中にはいくつもの塩化水素がとけています。塩素さんは水素くんが大好きなので、ふだんは右の図のように可愛らしく彼の手を握っていることにしておきましょう。今はとりあえず、塩酸とはそういう水溶液だと思っておいてください。
ところがここで……事件です! だれかが塩酸の中にアルミニウムを入れたのです。そのとたん、塩素さんがそばにいて手をつないでいる水素くんと、ピカピカのアルミニウム君を見比べたかと思うと、ものすごいことを言い放つのです。
「ちょっとあなた! いったいいつまでそのきたならしい手で私の手を握ってるのよ!」
「さっさとその手を放しなさいよ!」
『え? 水素くんの手を握っているのは塩素さんの方でしょう?』とツッコミを入れたくなるところですが、気の強い塩素さんが耳を貸す由もなく……。ちなみに、“青天の霹靂(へきれき)”というのは、まさしくこのような状況のことを言います。なんてことはさておき……。
「でも…、先にぼくの手を…(握ってきたのは塩素さんの方だと思うんだけど…)」
気弱な水素くんが最後まで言い終わるよりもはるかに早く、塩素さんは水素くんの手をバッとふりほどくと、まっしぐらにピカピカのアルミニウム君を目がけて突進していきます。あっけにとられている水素くんは……まあ要するにフラれた※わけですね。
※ 金属と水溶液が反応するときに生じる水素は、このようにして発生するということです。
このように塩酸の中のあちこちで水素くんが塩素さんにフラれ続けているわけですが、ここで質問です! この、あまりにもひどい悲劇(喜劇とも言えますが…)はいったいいつまで続くのでしょうか? ちなみに答えは2通りあります。いつまでもゲラゲラと笑っている場合ではありません。真面目な理科の話として考えてみましょう!
化学反応では、反応する物質のうちの少なくともどちらか一方がなくなるまで反応は止まらないのです。これは非常に大事なルールなので必ず覚えておいてください。今回の例で言えば、アルミニウムまたは塩化水素のいずれか一方がなくなるまで反応は進み続けるのです。したがって、答えは次の2通りです。
① ピカピカのアルミニウム君がいなくなるまで
② アルミニウム君に突進していく塩素さんがいなくなるまで
いかがですか? こんなふうに考えれば、分かりにくい化学反応を少しはリアルに想像できるのではないでしょうか?化学反応を理解するには具体的なイメージを持つことが非常に重要です。モデルを理解することは化学を理解する第一歩と言えるでしょう。今回の記事を読まれたお子様がゲラゲラ笑ってくれるのなら、お子様には化学の世界を理解する力が備わっているということです。ぜひ褒めてあげてください。
残念ながら、たいていの塾では化学反応をフツーに教えるだけです。今回扱った反応は、塾の授業では次のような素っ気ない化学反応式で表されるだけです。
塩酸 + アルミニウム → 水素 +(塩化アルミニウム)
ちっとも面白くないですね? 化学が苦手なお子様は、この“味気なさ”が化学を好きになれない原因だと思っているでしょう。いくら先生に「これは重要だ!」と言われても……というところでしょう。今回の記事を読んで化学反応のモデルが理解できたお子様は、今後はこの式を眺めるたびにクスクス笑い出すかもしれません。もしそんなふうに化学を楽しく学ぶことができるようになれば、きっと化学の問題もスラスラと解けるようになっていくでしょう。
塩酸と反応する金属はアルミニウムだけではありません。鉄も亜鉛もマグネシウムもすべて塩酸と反応して水素が発生します。つまり塩素さんはパッとしない(失礼!)水素くんよりもピカピカした金属が大好きなんだなって思いますよね? でもちょっと違います。なぜか塩酸に銅を入れても塩素さんは反応しません。それどころか、金を入れても銀を入れても塩素さんは反応せずに、そのまま水素くんの手を握り続けているのです。ここで「え~! 何で?」などと言ってはいけません。他人には理解できなくても、皆それぞれ好き・嫌いの基準があるんですね(笑)。まあ、「個人の自由」というやつです。「たで食う虫も好き好き」と言うじゃないですか。
実は、塩素さんが金,銀,銅よりも水素くんを選ぶには、正当な理由があります。保護者の方は中学生のときに「イオン化傾向」ということを学ばれたことでしょう。関連問題が中学入試に出題されることもありますが、多くの小学生にとっては難しい内容なので、特には触れずに私はこんなふうにまとめます。
「こういうのを“大人の事情”と言うんだ(笑)。まあ、まだ小学生の君たちがその理由を深く理解するのはちょっと難しいね。ただし、塩素さんの好き・嫌いには何らか理由があるということは覚えておくことは大切だ。その上で、今は目の前の具体的な事実をしっかり観察して覚えることに専念しよう。こうした個々の知識が多ければ多いほど、これから先の勉強でより深くものごとを理解する助けになるんだよ。」という具合です。
さて、たっぷりと笑い、納得もしてもらったところで、最後に例題の考え方のヒントを出しておきましょう。
(1) これは、たった今説明したことを読めばすぐにわかるはずです。さらに付け加えると、ピカピカのアルミニウム君をねらっているのは塩素さんだけではありません。水酸化ナトリウムに含まれている別の子(粒)もアルミニウム君とくっつきたがっています。アルミニウム君は、化学の世界では結構な人気者なのです。なお、いつも必ずフラれる運命にあるのが水素くんです(^_^;
(2) それぞれの状況のイメージを思い浮かべてみます。
①「塩酸が十分にある」というのは、塩化水素(塩素さんと水素くんのカップル)が無数にいるという意味です。今、鉄1人を0.1gとすると、Aは鉄が6人,Bは鉄が3人それぞれ塩酸の中に入るということになります。つまり、この問題で考えることは、塩素さんにフラれる水素くんは何人かということなのです。
② 今度は鉄は4人で一定です。彼らが塩素さんと水素くんのカップルが無数にいる塩酸の中に入るとき、何人の水素くんがフラれるのかを考えるのです。
③ ①と②では、同じ金属どうしでしたから、話を単純にするために鉄1人を0.1gとして考えてましたが、この設問では金属の種類がちがいます。鉄とアルミニウムは1人あたりの体重がちがいますから、どちらも0.1gを1人とするわけにはいきません。ちなみに、アルミニウムは軽金属と呼ばれる“体重の軽い金属”の代表例です。
④ さっきのお話の最後に「あの悲劇(喜劇?)が終わるのはどんなとき?」という問いがありましたね。この設問では、鉄が無数にいるけど、塩酸の中にいる塩化水素のカップルの数が限られています。そこに注目すれば、答えはすぐにわかります。
⑤ アルミニウム君よりも、彼をねらっている塩素さんや別の子(粒)の方がたくさんいますね。そこに注目して考えましょう。
⑥ 物質の種類によって1人あたりの体重がちがうのは、金属だけに限った話ではありません。塩素さんと別の子(粒)だって当然ちがいます。この設問ではちがうということだけが分かればいいのです。それに、女の子に「どっちが重いの?」なんて尋ねられるわけがありませんしね(笑)。
ここでご紹介したのは、あくまでも理解を助けるための一例です。化学計算の問題を解くときに、いつまでもお子様がこんなことを考えなければならないわけではありません。 しかし、今回のお話が化学計算の最も基本的な考え方であることは事実です。こうした考え方を身に着けておけば、より難解な問題に出会ったときには解法の指針を得る助けになることでしょう。上のヒントに書かれた例え話を理解することに労力を使い過ぎるのはナンセンスです。むしろ、さっさと解答・解説を読み、そこに書かれている重要ポイントを理解することにしっかりと時間を使ってくださいね。
多くの塾では今回ご紹介したような化学の基礎的な考え方に関する説明はかなりあっさりしているようです。しかし、化学の計算問題をすらすら解けるようにするためには、目の前の現象を正しく理解するための粒子モデルの理解が欠かせないということは覚えておいていただければと思います。